夕なぎ8

若旦那とはつの結婚式は

親戚とやとっている人を集めて盛大に行われました。

「みんなもはつを助けてやってくれ」

若旦那はいろいろ噂するものがあることを

知っていてはつのことを公にしたのです。

 

はつは幸せでした。

若旦那は優しい人でますますはつを大事にしました。

はつは相変わらず店に出てちりめんを売っていました。

その働きぶりはやとわれているものたちからも慕われるように

なりました。

 

中には遊郭から来たはつをよく思わない者もいましたが

そういうことからも若旦那ははつを守ってやっていました。

 

ようやくつかんだ

まるで夕なぎのような穏やかな幸せを

ゆっくりと味わいながら

はつはこれからも旦那様を愛していこうと

思うのでした。

 

 

           おわり

夕なぎ7

はつは昭介からもらったかんざしを胸にしまい

大事にしていました。

けれども悲しみはすこしずつおさまってきていました。

 

それから3年。はつはちりめんを上手にうるようになり

若旦那の助けとなるようになったのです。

 

ある日若旦那ははつを呼び

「おはつちゃん、本当によくやってくれてありがとう。

わたしも助かっているよ。

どうだろうおはつちゃん、わたしの嫁になってくれないか?

おはつちゃんのことは大事にするよ。」

 

はつはびっくりしました。

けれどもずっとやさしく助けてくれた若旦那のことを

こばむことはできませんでした。

何もかも知っていてそう言ってくれる若旦那。

涙があふれてきました。

 

「旦那様、ありがとうございます。

こんなわたしでよかったらお嫁さんにしてください。」

夕なぎ6

はつはやっと何かやってみたいと思うようになり

じっくり考えていました。

ふとんをたたみ

身支度を整えると

やってきた若旦那に

「旦那様、旦那様が優しくしてくださったおかげさまで

私も起き上がれるようになりました。

恩返しがしとう存じます。

どうかちりめんを売る仕事をさせてください。」

 

「おはつちゃん、だいじょうぶかい?

無理しなくていいんだよ」

 

「大丈夫です。そろそろ寝てばかりではなく

働きたいと思うようになりました。

これも旦那様のお心遣いのおかげです・」

 

「そうかい。じゃあ簡単なしごとから勉強してもらおうか。

おはつちゃんが働いてみたくなってわたしもうれしいよ。」

 

はつはそれから一生懸命にちりめんのことを勉強しました。

覚えるのも早く、お客さんにちりめんをすすめるのもうまく

いい働き手となっていきました。

夕なぎ5

仕事ができなくなったはつですがその噂は廓中にひろがりました。

 

その理由を聞いて

ちりめん問屋の若旦那が言ってくれたのです。

「おはつちゃんをこのままにしておいてはだめだ。

うちで心の傷をなおしてやりたい。

身請けしたいのでお願いするよ。」

たくさんのお金を出して身請けしてくれました。

 

はつは若旦那の家に引き取られ、

「ここでゆっくりすごすといいよ。

心の傷をいやしなさい。」

とたいそう大事にしてもらいました。

 

はつはつらい遊郭からつれだしてくれた若旦那に心からお礼を言いました。

若旦那の優しさに甘えて毎日寝てすごしました。

心の傷は簡単に癒えるものではなく

毎日ふとんにこもって泣くばかりでした。

「ごめんね、たすけてあげられなくて・・・」

自分も苦しい生活をしていてしかたがなかったのだと

思うことができず、昭介のことばかり考えていました。

あとを追って死にたいとさえ思い詰めていました。

けれども若旦那のはげましもあって

思いとどめては

かろうじて生きていました。

 

 

若旦那はとてもやさしく、毎日はつの顔を見にきては

安らかになるような言葉を言ってくれていました。

はつは次第に起き上がれるようになり

すっかりなくなっていた食欲も戻ってきて

少しずつ食べることもできるようになりましたが

何をする気にもならず寝てばかり、

ふとんに横にならずにすむようになるのに2年かかりました。

その間若旦那は辛抱強く毎日優しい言葉をかけて

はつの心を癒してくれました。

夕なぎ4

はつはついに吉原にうられていきました。

吉原ではいろんな勉強をしました。

客の扱いも勉強しました。

そして客をとるようになり

毎日昭介を思い悲しい日々をすごしました。

昭介にもらったかんざしをつけて

苦しい時も昭介のことを思ってすごしました。

 

昭介からは毎日手紙がとどきました。

いいことがたくさんかいてありました。

 

でも、はつは知っていたのです。

昭介の家があまりうまくいっていなくて

倒産寸前だと。

お客さんからのうわさでそんな話を聞いていました。

 

それで心配していたのですが

あんまり楽しそうな手紙がくるので

そのことを聞くことができませんでした。

はつも毎日なんということのない手紙を昭介に送っていたのです。

 

ついに昭介のうちは倒産してしまいました。

昭介はもううちを立て直すこともできないし

はつを迎えにいくこともできないことに絶望して

身を投げてしんでしまいました。

 

昭介が自殺したことを知ったはつは

「ごめんね。知っていたのに助けてあげられなくて・・・。」

と悲しみ、後悔のあまり参ってしまい

仕事ができる状態ではなくなってしまいました。

夕なぎ3

はつは昭介に会っていいました。

「わたし吉原に売られることになったの。

もうお嫁には行けないね。

ごめんなさい。」

「つらいのはおはつちゃんのほうだ。

しかたないのかい?

そんなとこ行かしたくない。

でも、どうしてもしかたがないなら

きっと迎えにいくよ。

それまで待ってて。」

 

それからは毎日会いました。

 

そして吉原に行くという日の前の日に

昭介はべっこうのかんざしをひとつ持ってきて

はつに渡すと

「これだけしか買えないけど、

これをぼくだと思ってつらいときも辛抱してね。

手紙書くよ。ずっとおはつちゃんのこと大事に思ってること忘れないで。」

「ありがとう昭介さん。無理しないでね。」

夕なぎ2

二人はとても仲良く話したり歩いたりしていました。

楽しい時がどんどん過ぎていきました。

 

二人が付き合いだして3年ほどたったそんなある日、

はつは自分のお父さんから話があるといわれました。

「はつ、この家は兄弟も多くて百姓だけでは食べていけんのじゃ。

はつ、悪いがお前吉原の遊郭に行ってくれないか。」

「なぜ私が。。。無理だよ。」

「お前しかおらんのじゃ。お父ちゃんも体が悪くなって

百姓もろくにできん。」

「いやだよ。でもしかたないのなら行くよ。」

 

はつは自分の思い描いていた将来が消え、昭介とも別れなければならないこと

そしてつらい人生になるのがわかりきっていました。

それでも親や兄弟のことを思ったら自分が遊郭にいくしかないと思いました。